日曜朝の礼拝「死に打ち勝つ勝利」

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死に打ち勝つ勝利

日付
説教
望月信牧師
そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」(1~7節)ルカによる福音書 24章1節~12節

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 週の初めの日、すなわち、日曜日の朝早く、婦人たちが主イエスのお体に香料を塗るために出かけました。すると、お墓に封をしてあるはずの石がわきに転がされていました。中をのぞいてみると、主イエスのお体が見当たらない。これが福音書の伝える復活の朝の出来事です。出来事そのものは、お墓が空になった、それだけです。けれども、福音書は、決してお墓が空になっただけではないと語ります。それが、イースターにおいて、私たちが思い巡らすべき大切なことです。お墓が空であり、いったい何が起きたのかと途方に暮れてしまう。それは、命は死によって断ち切られて、それで終わりである、と考えているからです。人間の命は必ず墓場行きである。それは主イエス・キリストであっても変わりない。けれども、それは本当に真実なのでしょうか。

 輝く衣を着た二人の人、神の御使いが現れて、告げました。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」。これは、生きているお方を求めて、どうしてお墓に来るのか、ということです。お墓とは死者の世界ではないか。生きておられる主イエスはお墓にとどまるお方ではない。ですから、御使いが告げることは、主イエス・キリストの復活であり、死に対する命の勝利です。死の力が滅ぼされたこと、命が勝利したことです。

 死ぬことを恐いと思わない人は誰もいません。それは、死が未知のものだからというだけではないでしょう。私たちの命は、本来、生きることへと方向付けられいて、それに対して、死ということが命に敵対している。だから、人は死を恐れるのではないでしょうか。とりわけ聖書は、神に対する罪のゆえに人は死すべきものとなったと語ります。ですから、死とは神の裁きでもある。すなわち、死を恐れるとは神の裁きを恐れるということでもある。その神の裁きに対して、私たちの罪に対して、主イエス・キリストが十字架につけられてくださいました。すべての罪の償いを成し遂げてくださいました。主イエスが復活されたとは、主イエス・キリストの十字架によって私たちの罪がすべて償われ、神の裁きがすべて成し遂げられた、その証しにほかなりません。

 「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」。この復活は、やがて死すべき命、朽ちゆく命をもう一度、ということではありません。これまでの命の延長ではありません。もはや死ぬことのない命、朽ちることのない命への復活です。生きることへと方向転換をしている命です。地上に生まれて、おぎゃあと声を上げて、しかし、そこからすべての人が死に向かっている。やがて必ず死ぬ。その意味では、私たち皆が死への行列をしているようなものかもしれません。けれども、主イエス・キリストにおいて、すべてが変わりました。百八十度変わりました。主イエス・キリストに結ばれて、すでに罪と死の力は滅ぼされました。そして、その主イエス・キリストに結ばれて、私たちも、もはやお墓にとどまるのではない。たとえ一度死ななければならないとしても、私たちの真の居場所はお墓ではない。天上の神の御国に、私たちのまことの居場所がある。主イエスは、そのために先によみがえられ、天に昇られたのです。そうして、場所を整えて、私たちを迎えに来てくださる。

 こうして、主イエス・キリストの復活は私たちの喜びです。主イエスの復活は、「もはや悲しみも嘆きも労苦もない」、神共にいますとこしえの命への復活です。主イエスの復活を喜び祝うイースターは、命の勝利を喜び祝う記念日です。死へ向かう命ではなく、神へと向かうことへとひっくり返された命があります。主イエス・キリストは、この新しい命、輝かしい命を生きることへと、皆様お一人おひとりを招いておられます。

説教要約について

説教要約は、説教を要約したものです。 音声は、説教要約の音声化ではなく、実際に行った子ども向けの説教と賛美歌、 聖書朗読と説教の録音です。一ヶ月程度、音声データも公開させていただきます。

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