日曜朝の礼拝「神の選びの歴史」

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神の選びの歴史

日付
説教
望月信牧師
テラの系図は次のとおりである。テラにはアブラム、ナホル、ハランが生まれた。ハランにはロトが生まれた。ハランは父のテラより先に、故郷カルデアのウルで死んだ。アブラムとナホルはそれぞれ妻をめとった。アブラムの妻の名はサライ、ナホルの妻の名はミルカといった。ミルカはハランの娘である。ハランはミルカとイスカの父であった。サライは不妊の女で、子供ができなかった。テラは、息子アブラムと、ハランの息子で自分の孫であるロト、お よび息子アブラムの妻で自分の嫁であるサライを連れて、カルデアのウルを出発し、カナン地方に向かった。彼らはハランまで来ると、そこにとどまった。テラは二百五年の生涯を終えて、ハランで死んだ。 (27~32節)創世記 11章10節~32節

 創世記の前半、11章までは、全人類の共通の体験として書き記されています。それに対して後半、12章以降は、一つの民族に焦点が当てられます。アブラハムとその子孫、すなわちイスラエルの民の始まりが明らかにされます。この箇所は、その橋渡しをしていると言えるでしょう。

 セムの系図は10代から成り立っています。5章のアダムの系図も、アダムからノアまでが10代でした。10という数字には象徴的な意味が込められています。完全である、満ちているということです。時満ちてノアが選び出され、神の御業が行われました。ここでも、セムから数えて10代、時満ちてアブラム、後のアブラハムが生まれます。すなわち、このアブラムにおいて主なる神が行動され、働かれます。神の器として選び出されたアブラムなのです。この系図はアブラムを目指しています。

 主なる神がノアを召し出されたように、主なる神がアブラムを召し出されます。ノアを通してすべての人を祝福されたように、主なる神は、アブラムを通してすべての民を祝福されます。しかし、そこには違いがあります。一方には、ノアとの虹の契約があります。すなわち、全人類との普遍的な契約です。主なる神は、罪のゆえに呪われている全人類ですが、けれどもなおご自身の御手の内に保ち、善人にも悪人にも太陽を昇らせ、雨を降らせておられます。もう一方で、セムの系図はアブラムの選びを語っていて、やがてこのアブラムからイスラエルの民が始まります。すなわち、主なる神は一つの民を選び、その民と特別な契約を結ぼうとしておられます。それも、すべての民の祝福のためにほかなりません。「地上の氏族はすべて、あなたによって祝福に入る」(創世記12:3)からです。祭司の民としてのイスラエルの民の選びなのです。

 さて、11章27節以下のテラの系図に目を留めましょう。テラの息子ハランはロトをもうけますが、父のテラより先に死にます。テラは、そのことがショックだったからでしょうか、孫であるロトともう一人の息子アブラム、その妻サライを連れて、故郷カルデアのウルを離れます。けれども、やがてハランで死んでしまいます。こうして、ハランもテラも死に、孫のロトはまだ幼いものと推測されます。さらに、テラと一緒に旅立ったアブラムの妻サライは不妊であり、子どもができません。実に、テラの系図は、このままであるならば閉じられてしまう状況なのです。すなわち、聖書が明らかにすることは、人間的には、この血筋には未来がないと思われる、その血筋を神は選ばれたということです。たいへん不思議であり、驚くばかりですが、これが神の選びなのです。

 この後、主なる神はアブラムを召し出します(12章)。主なる神の御言葉に信頼して、アブラムはカナンへと旅立ちました。神の御言葉に聞く歩みへと踏み出したのです。そこでやがてアブラムとサライに子どもが与えられました。すなわち、肉においては系図は閉じられたようなものであり、けれども、主なる神が新しい血筋を造り出してくださったのです。アブラムに求められたことは、ただ神の御言葉に聞き従うことであり、神への信仰でした。こうして、主なる神は神を礼拝する神の民を造り出されたのであり、それゆえ、アブラムが「信仰の父」と呼ばれます。

 主なる神は、アブラムにおいて、閉じられるべき系図から新しい神の民を造り出されました。そして、今や主イエス・キリストと聖霊によって新しい命、復活の命に生きる神の民を造り出されました。私たちは罪のゆえに本来、死すべきものです。私たちの系図も、肉によるならば閉じられるべきです。けれども、主なる神は、恵みによって私たちを選び出して、主イエス・キリストによる罪の赦し、神との和解の恵みに生きる者としてくださいました。私たちも、ただ信仰によって神の民とされています。

説教要約について

説教要約は、説教を要約したものです。 音声は、説教要約の音声化ではなく、実際に行った子ども向けの説教と賛美歌、 聖書朗読と説教の録音です。一ヶ月程度、音声データも公開させていただきます。

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