鈴蘭台教会のメッセージ

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日本キリスト改革派 鈴蘭台教会の礼拝堂

2018年度の説教要約 (新しい順)

の日曜礼拝で語られた説教の要約を公開しています。

あなたがたの手によって

ルカによる福音書 9章10節~17節

 今日の箇所には、福音宣教に遣わされた使徒たち、弟子たちが主イエスのもとに帰って来たことが記されています。主イエスは弟子たちの報告を喜びをもって聞いたでしょう。主イエスは、彼らを連れてベトサイダとい…

キリストの大使として

ルカによる福音書 9章1節~9節

 9章には、十二弟子が伝道のために遣わされ、訓練される様子が記されています。福音を宣べ伝えて神のくすしき御業を行うとは、主イエスご自身の御業です。そして、伝道とは、その主イエスの御業が弟子たちにゆだね…

平和を創り出す

マタイによる福音書 5章3節~12節

 「神の子」という主イエスの言葉を聞いて、当時の多くの人びとはただちにローマ皇帝アウグストゥスを思い浮かべたでしょう。ユリウス・カエサルが始めた戦いをアウグストゥスが終わらせて、ローマ帝国は落ち着い…

神の選びの歴史

創世記 11章10節~32節

 創世記の前半、11章までは、全人類の共通の体験として書き記されています。それに対して後半、12章以降は、一つの民族に焦点が当てられます。アブラハムとその子孫、すなわちイスラエルの民の始まりが明らかにさ…

バベルの塔

創世記 11章1節~9節

 「同じ言葉を使って、同じように話していた」(1節)とは、ただ言語として同じ言葉を使っていたということではなく、同じことを考え、思い計っていたということです。意見や思想が統一されていて、意思疎通に乱れ…

勇敢な狩人ニムロド

創世記 10章8節~12節

 ノアの子孫の系図に挿入されているニムロド物語から学びましょう。ハムの系列に分類される民族や国の名前が挙げられる中、「クシュにはまた、ニムロドが生まれた」(8節)とあり、このニムロドは民族ではなく一人…

世界は神のもの

創世記 10章1節~32節

 聖書の系図は、通常、アダムからセト、セトからエノシュというように、子孫の縦のつながりを明らかにします。それに対して10章の系図は少し違っていて、横の広がりを示します。また、通常、個人名で記されますが…

罪の奴隷となることなく

創世記 9章18節~29節

 「セムの神、主をたたえよ」(26節)とあります。イスラエルの民はセムの子孫であり、この箇所の一方の当事者はイスラエル民族です。また、「ハムはカナンの父」(18節)などとあり、もう一方の当事者はカナンで…

虹の架かるところ

創世記 9章8節~17節

 主なる神はノアと契約を結び、「わたしは雲の中にわたしの虹を置く」とおっしゃいました。虹は英語でレインボウです。雨(レイン)と弓(ボウ)から成り立つ言葉ですが、ただ雨上がりに現れる弓のようなものとい…

いのちの尊厳

創世記 9章1節~7節

 「産めよ、増えよ、地に満ちよ」。この祝福に、この世界のすべての土台があると言うことができます。主なる神は、すべて肉なる者を洪水で滅ぼすことを決断されましたが、それは罪を嘆き悲しむゆえにほかなりません…

揺るがない土台を求めて

マタイによる福音書 7章24節~29節

 主イエスは、私たちの人生は家を建てることに似ているとおっしゃいます。家を建てるならば、どこに家を建てるのか、ふさわしい場所を選んで、しっかりした土台を据えるでしょう。雨が降り、近くの川があふれ、風…

新しい始まり

創世記 8章20節~22節

 人の罪のゆえに、大地は呪われていました(創世記3:17)。主なる神は、洪水によって人もろとも大地まで滅ぼそうともされたのです。けれども、その呪いが取り除かれる道がここに開かれました。 箱舟から外に出た…

止まない雨はない

創世記 8章1節~19節

 雨は、「天からの雨は降り止み」と言われるまで降っていたものと思われます。水が勢いを弱めたのは150日が過ぎてからです。ノアが601歳になり、「地上の水が乾いた」と言われます。箱舟に入ってから一年が過ぎた2…

子どものように生きる

ルカによる福音書 18章15節~17節

 「(子供たちを)妨げてはならない」。極めて単純なことですが、子どもも神のまなざしの中に置かれて、神の民の中に数えられているからです。神の民は神の家族だと言われます。家族にはおとなだけでなく子どもも…

聖霊に満たされて

使徒言行録 2章1節~4節

 聖霊降臨を記念して、礼拝をささげています。ペンテコステは五旬祭であり、旧約の過越祭から五十日目のお祭りです。一つには、小麦や果物の収穫を主なる神に感謝する意味がありました。もう一つとして、モーセが…

戸が閉ざされる時

創世記 7章1節~24節

 清い動物が七つがいずつ、清くない動物が一つがいずつと言われます。8章で、箱舟から出たノアは、清い動物と鳥を取って焼き尽くす献げ物としてささげます。そのために清い動物は多く集められ、清くない動物を含め…

万物の終わりとノアの洪水

創世記 6章9節~22節

 ノアの洪水は、ただ単にすべてを滅ぼす、滅びの物語ではありません。主なる神はノアを選び出し、ノアとその家族を洪水から救い出すことを計画されました。ですから、洪水の物語は救いの物語でもあります。この物…

心を痛める神

創世記 6章1節~8節

 ノアの洪水は、ただ大水が出たという類いの出来事ではありません。「大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた」(7:11)とあり、言うならば、天と地の、水との境が取り除かれたような出来事です。この…

神と共に歩む人生

創世記 5章1節~32節

 日本人の平均寿命は、2016年のデータで、男性がおよそ81歳、女性がおよそ87歳だそうです。現在の日本は、平均的にそれだけ長く生きることができる幸いな状況にあります。ところが、この聖書箇所には、もし長生き…

平和があるように

ルカによる福音書 24章33節~43節

 「あなたがたに平和があるように」。この平和は神との平和です。また、これは願望や祈りではなく、宣言です。主イエスは、「わたしがあなたがたに平和をもたらす。わたしが与える平和が、今、あなたがたにある」…

主は生きておられる

ルカによる福音書 24章13節~35節

 主イエスが十字架につけられて三日目の朝、女性たちがお墓に行くとお墓は空っぽであり、主イエスの遺体が見当たりません。そこに輝く衣を着た二人の人、神の御使いが現れて、告げました。「なぜ、生きておられる…

主イエスのまなざし

ルカによる福音書 22章54節~62節

 この直前の過越の食事の席で、ペトロは「主よ、ご一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と言いました。その気持ちは決して偽りではありませんでした。主イエスが捕らえられ、連れて行かれて…

罪人のひとり主イエス

ルカによる福音書 22章35節~38節

 十二弟子や七十二人の弟子たちを伝道のためにお遣わしになったとき、杖も袋もパンもお金も持っていかないことを主イエスはお求めになりました(9、10章)。それは主なる神に信頼するからです。ただ主なる神に信頼…

立ち直って生きる

ルカによる福音書 22章31節~34節

 過越の食事の席上、主イエスを裏切る者がいると明らかにされたことがきっかけになり、弟子たちは、自分がいちばん偉いのだと言い合い始めました。ペトロはある種の優越感を感じながら、静かに聞いていたのではな…

人の企みと神の計画

ルカによる福音書 22章1節~13節

 主イエス・キリストは自ら過越の食事の備えをしておられます。ペトロとヨハネに準備を命じましたが、真実には主イエスご自身が準備しておられました。おそらくご自分であらかじめ手配して、その上で、このとき、…

絶望の淵を越えて

ルカによる福音書 8章49節~56節

 主イエスは、一人娘の死を知らされたヤイロにおっしゃいました。「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる」。これは人間が語ることのできる言葉ではありません。主イエスがまことの神、ま…

私たちの力尽きるときにも

ルカによる福音書 8章40節~48節

 主イエスが一人娘のいやしを願い出た会堂長ヤイロの家に向かっておられる途中、医者からも治してもらえない女性が主イエスに近づいてきました。この二つの出来事は、福音書が書き記される以前の段階で、すでに一…

教会の土台

マタイによる福音書 16章13節~19節

 主イエスは、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」とおっしゃいました。主語は主イエスご自身です。主イエスご自身が教会を建ててくださいます。そして、主イエスは、教会とは何であるのかをここで教え…

レギオンからの解放

ルカによる福音書 8章26節~39節

 主イエスと弟子たちは、ガリラヤ湖を舟で渡って東岸に到着しました。そこには一人の男がおりました。おそらく異邦人です。主イエスは、この一人の男に会うために、危険を冒して湖を渡って来られました。そのほか…

人生の嵐においても

ルカによる福音書 8章22節~25節

 主イエスは、ガリラヤ湖西岸のカファルナウム付近から舟に乗り、悪霊に取りつかれている一人の男に会うために、向こう岸に向かわれました。その際、なぜ舟で渡ろうとされたのか。それは主イエスがお疲れだったか…

キリストの兄弟、神の家族

ルカによる福音書 8章19節~21節

 主イエスの母マリアと兄弟たちが主イエスを訪ねて来ました。主イエスが「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになったとあり、主イエスの反応が冷たいものだったと…

必ず明らかになる

ルカによる福音書 8章16節~18節

 ルカ福音書8章の4節から21節まで、神の御言葉を忍耐強く聞いて実を結ぶに至ることへと私たちを励ます御言葉が続いています。主イエスは「聞く」ことを教えておられますが、それは、ただ「耳で聞く」ということで…

御言葉に聞き入る幸い

ルカによる福音書 10章38節~42節

 まず、マリアの姿に目を留めましょう。「マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入ってい」ました。おそらくマリアも主イエスをもてなすために立ち働いていたでしょう。主イエスと弟子たちを迎えて、飲み物を…