日曜朝の礼拝「取り消されない救い」

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取り消されない救い

日付
説教
望月信牧師
エステルは、再び王の前に申し出て、その足もとにひれ伏し、涙を流し、憐れみを乞い、アガグ人ハマンの悪事、すなわち、ユダヤ人に対して彼がたくらんだことを無効にしていただくことを願った。
王が金の笏を差し伸べたので、エステルは身を起こし、王の前に立って、言った。「もしお心に適い、特別の御配慮をいただき、また王にも適切なことと思われ、私にも御目をかけていただけますなら、アガグ人ハメダタの子ハマンの考え出した文書の取り消しを書かせていただきとうございます。ハマンは国中のユダヤ人を皆殺しにしようとしてあの文書を作りました。私は自分の民族にふりかかる不幸を見るに忍びず、また同族の滅亡を見るに忍びないのでございます。」
そこでクセルクセス王は王妃エステルとユダヤ人モルデカイに言った。「わたしはハマンの家をエステルに与え、ハマンを木につるした。ハマンがユダヤ人を滅ぼそうとしたからにほかならない。お前たちはよいと思うことをユダヤ人のために王の名によって書き記し、王の指輪で印を押すがよい。王の名によって書き記され、王の指輪で印を押された文書は、取り消すことができない。」(3~8節)エステル記 8章1節~17節

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 ハマンは自分が立てた柱につるされて、処刑されました。ハマンに属する全財産がエステルに与えられ、エステルはモルデカイをハマンの家の管理人としました。また、モルデカイが王の前に召し出され、王はハマンに授けていた指輪をモルデカイに与えて、モルデカイはペルシア全土を王に代わっておさめる総理大臣のような職務に就きました。

 こうしてハマンのことは決着がつきましたが、ユダヤ人の危機が過ぎ去ったわけではありません。ユダヤ人虐殺の勅令はなお有効だったからです。エステルは王の足もとにひれ伏して、ハマンによる勅令を無効にしていただくことを願いました。王は「お前たちはよいと思うことをユダヤ人のために王の名によって書き記し、王の指輪で印を押すがよい」と答えます。「王の名によって書き記され、王の指輪で印を押された文書は取り消すことができない」と言われる点が特徴的です。王の権威を強調するためですが、「文書の取り消し」はできません。そこでどうするのか。しかし、新しい勅令を出すことはできる。それが王の答えです。王はエステルとモルデカイに新しい勅令を出すよう命じます。

 そうして出された勅令の内容が11節以下です。「どの町のユダヤ人にも自分たちの命を守るために集合し、自分たちを迫害する民族や州の軍隊を女や子どもに至るまで一人残らず滅ぼし、殺し、絶滅させ、その持ち物を奪い取ることが許された」。ユダヤ人による復讐を認める内容ですが、第十二の月の十三日の一日だけです。この日はハマンが企んだユダヤ人虐殺の日であり、この日、ユダヤ人を虐殺しようとする者があったならば、逆にユダヤ人がそれらの者を返り討ちにしてよい、ということです。ユダヤ人に自衛権を認めて、ユダヤ人の虐殺を防ぐことがこの勅令のねらいです。この勅令が早馬に乗った急使によって各地に届けられます。この知らせを聞いて、各地のユダヤ人は、宴会を開いて喜び祝いました。滅びが救いに、死が命に変えられたからです。

 王の勅令は取り消されない。このことが私たちの罪からの救いに重ね合わせて理解されます。私たちが神の御前に罪人であり、罪と滅びの宣告を受けているということも取り消されることがないことだからです。使徒パウロは言いました。「従って、今や、キリスト・イエスに結ばれている者は、罪に定められることはありません」(ローマ8:1)。この「罪に定められることはない」とは、私たちが罪人でなくなるということではありません。私たちが罪人である。このことは取り消されない、取り消しようがない事実です。私たちは神を知ってなお罪へと傾き、罪を犯してしまう罪人です。けれども、神がお遣わしくださった御子の肉において罪が罪として処断されて、罪人でありながら、罪を赦されるのです。死と滅びが打ち破られるという仕方で、まったく新しい命が与えられる。それゆえに、キリスト・イエスに結ばれている者は罪に定められることがありません。そして、この新しい命の宣告、死と滅びを打ち破る救いの宣告も、決して取り消されることがない。主なる神の救いは、いわば上書きされる救いです。私たちは、キリストの真っ白い衣で覆われて、新しい命を生きる者とされます。私たちは、この取り消されることがない救いの恵みに招き入れられて、主に感謝し、喜び祝います。

 主なる神は、ご自身の御子によって私たちを罪から贖い出し、御子イエス・キリストの十字架と復活の恵みで私たちを上書きして、新しい命に入れてくださいました。大きな救いの恵みを与えてくださった主なる神をほめたたえて、喜び祝いましょう。そして、この喜びを多くの方々に伝えることに励みましょう。罪と滅びから新しい命へ。この救いの恵みは、決して取り消されることがない、神の真理なのですから。

説教要約について

説教要約は、説教を要約したものです。 音声は、説教要約の音声化ではなく、実際に行った子ども向けの説教と賛美歌、 聖書朗読と説教の録音です。一ヶ月程度、音声データも公開させていただきます。

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