日曜朝の礼拝「レプトン銅貨二枚の献げ物」

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レプトン銅貨二枚の献げ物

日付
説教
望月信牧師
イエスは目を上げて、金持ちたちが賽銭箱に献金を入れるのを見ておられた。そして、ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れるのを見て、言われた。「確かに言っておくが、この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである。」(21章1~4節)ルカによる福音書 20章45節~21章4節

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 十字架につけられる週の出来事です。ご自身は十字架につけられ、地上を去らなければならない中で、主イエスは、主イエスの弟子としてどのように生きるのかを、弟子たちに大切に教えてくださいました。

 その一つが20章45~47節の「律法学者に気をつけなさい」です。これは、「律法学者のようにならないように、自分自身に気をつけなさい」ということです。長い衣を着て歩き回り、挨拶を受けるようなことを誉れとするところには、自分を誇る過ちがあります。そのような過ちに陥ることがないよう、自分自身について気をつけているのです。そして、21章1節以下、続いて一人のやもめの姿をお示しになります。

 エルサレム神殿の献金箱(新共同訳では「賽銭箱」)は、お金を投げ込む部分がラッパのように広がっていて、お金を投げ込むと音が反響してよく響いたそうです。おそらく金持ちたちは威勢よくコインを投げ込み、大きな音を響かせて、何かしらの優越感、満足感を味わっていたのでしょう。主イエスは、「あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金した」とおっしゃって、彼らの献金は人の賞賛を得るためのものにほかならないと指摘されます。ファリサイ派の人びとと同じ過ちに陥っていたのです。

 そこに一人のやもめがやって来ました。彼女は、おそらく静かにやって来て祈りをささげ、そっと献げ物をささげたでしょう。彼女の献げ物はレプトン銅貨二枚でした。レプトン銅貨は、当時のコインの中でももっとも小さな金額で、これ以上細かくできません。そのコインが二枚だけ。献金箱に投げ入れても、わずかな音しかしなかっただろう。献金だけではなく、この女性が祈り、献げ物をささげる姿に気を留める人も、誰もいなかったであろう。けれども主イエスは、このやもめの姿をじっと見つめておっしゃいます。「この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである」。主イエスは、やもめの献金を喜んで、こうおっしゃっておられます。ここに模範となる姿があるとおっしゃるのです。

 「生活費」という言葉は英語のライフにあたる言葉で、「人生、命」を意味します。ですから、人生のすべて、命のすべてをささげたということです。信仰とは、自らのすべてを主なる神に明け渡して、神のものとすることにほかなりません。やもめの献げ物は、彼女自身、その存在そのものが本当の献げ物だったのです。この点で、献金とは自分自身をささげることであり、そこにある真心こそが真実の献げ物です。主イエスは、彼女のその真心をしっかりと見て、受け止めてくださいました。

 彼女は一枚だけをささげることもできましたが、二枚ともささげました。そこに彼女の自由な姿があります。レプトン銅貨二枚が生活費のすべてであるほどに彼女は貧しかったのです。けれども、彼女はその貧しさから自由であり、一枚を取っておこうかという思いわずらいにも無縁であり、二枚のすべてをささげましたと言って誇るような思いからも自由でした。彼女にとって大切なことは、自分はいま神に支えられている、神の御前に置かれている、ということだけだったでしょう。決してレプトン銅貨が人を生かすのではありません。人は真実には主なる神によって生かされ、養われるのであって、ただ主なる神に依り頼む、彼女はその確信に固く立っていたのです。そうして、主なる神への感謝として、また自らの献身のしるしとして、自らのすべてをおささげしました。ここにこそ、真実に神の御前に生きる姿があるのだと、申し上げることができます。

 私たちも、主なる神に依り頼み、自らを献げて参りましょう。献金だけではなく、ひと時ひと時を主なる神への感謝の献げ物として大切にささげて、自分の人生を紡いでいく者でありたいと願います。生ける神の御手に自らを委ねて歩むところに、私たち信仰者の歩む道があります。

説教要約について

説教要約は、説教を要約したものです。 音声は、説教要約の音声化ではなく、実際に行った子ども向けの説教と賛美歌、 聖書朗読と説教の録音です。一ヶ月程度、音声データも公開させていただきます。

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