鈴蘭台教会のメッセージ

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日本キリスト改革派 鈴蘭台教会の礼拝堂

2020年度の説教要約 (新しい順)

の日曜礼拝で語られた説教の要約を公開しています。

沈黙する神の御子

ルカによる福音書 23章1節~12節

 騒がしく訴えるユダヤ人、繰り返し問いかけるピラトやヘロデの姿に対して、沈黙しておられる主イエスのお姿が対照的で、際立っています。ユダヤの指導者たちはピラトの前で騒々しく主イエスを訴えます。ピラトは…

忍耐による勝利

ルカによる福音書 21章7節~19節

 「忍耐」という言葉から私たちが思い浮かべるのは我慢するということでしょう。そして、「したいけれどもしない、できない」という消極的な姿をイメージするかもしれません。けれども、ここで教えられている忍耐…

何を見ているのか

ルカによる福音書 21章5節~19節

 「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることはない日が来る」。主イエスは、豪華で立派なエルサレム神殿に目を奪われている人びとに目を留めて、神殿が崩され、破壊さ…

わたしの神よ、わたしの神よ

詩編 22編1節~32節

 詩編22編の御言葉に耳を傾けます。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ15:34)と叫んで息を引き取られた主イエス・キリストの十字架の御苦しみに思いを向けましょう。 この詩人は…

最後の審判~使徒信条25~

コリントの信徒への手紙二 5章1節~10節

 使徒信条は、「生ける者と死ねる者とをさばきたまわん」と告白します。主イエス・キリストがやがて最後の審判のために来られると言うのです。 私たちが、最後の審判ということで抱く気持ちは、多くの場合、恐れ…

かしこより来たりて~使徒信条24~

ヨハネの黙示録 1章1節~8節

 キリスト教会は、その初めから「主イエスよ、来たりませ」(黙示録22:20)と祈り続けてきました。天に上げられた主イエス・キリストは再び来られるお方であると、聖書が約束しているからです。しかし、主イエスが…

三日目に~使徒信条23~

コリントの信徒への手紙一 15章1節~11節

 「三日目に」は、はたしてどれほど重要性があるのかと思われるような、たいへん小さな言葉です。けれども、簡潔かつ要約的な使徒信条においても省かれていません。使徒パウロは、「聖書に書いてあるとおり三日目…

神の右に座し~使徒信条22~

ローマの信徒への手紙 8章31節~39節

 「全能の父なる神の右に座したまえり」。神は物質的なお方ではなく、右も左もないお方です。しかし、詩編に「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう」(110:1)とあり、神のしもべ…

天にのぼり~使徒信条21~

使徒言行録 1章3節~11節

 よみがえられた主イエス・キリストは、40日にわたって弟子たちと共に過ごされた後、弟子たちを離れて天へと上げられました。この昇天日は木曜日であり、記憶されることが比較的少ないのですが、上げられた主イエ…

死人のうちよりよみがえり~使徒信条20~

コリントの信徒への手紙一 15章12節~22節

 救い主イエス・キリストは三日目に死人のうちからよみがえられました。このキリストの復活を信じることがキリスト教信仰の中心にあります。しかし、復活を信じることほど、私たちにとって困難な信仰告白はほかに…

平和のきずなで結ばれて

エフェソの信徒への手紙 4章1節~6節

 新しい一年を迎えました。教会は主にある兄弟姉妹の共同体です。主に養われ導かれる群れとしての成熟、また、霊による一致を祈り求めて、「平和のきずなで結ばれて」を今年の標語とすることにいたしました。 「…

幸いな人生を生きる

詩編 1編1節~6節

 新年を迎えて、詩編1編に耳を傾けましょう。1編は詩編の最初の詩であり、詩編全体の導入、また挨拶のような詩だと申し上げることができます。聖書は神さまから私たちへのメッセージですから、神さまからの挨拶の…