日曜朝の礼拝「キリストの大使として」

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キリストの大使として

日付
説教
望月信牧師
イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わすにあたり、次のように言われた。「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい。」十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。(1~6節)ルカによる福音書 9章1節~9節

 9章には、十二弟子が伝道のために遣わされ、訓練される様子が記されています。福音を宣べ伝えて神のくすしき御業を行うとは、主イエスご自身の御業です。そして、伝道とは、その主イエスの御業が弟子たちにゆだねられるということです。そのために、主イエスは悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能を弟子たちにお与えくださいました。これは、弟子たちをご自分の分身とされたようなものでしょう。主イエス・キリストに対して、弟子たちは「小さなキリスト」なのであり、「キリストの大使」なのです。主イエスから力と権能を与えられて、大使として遣わされるのです。洗礼を受けるとは、小さなキリストとされ、キリストの大使とされたということです。このことに畏れをおぼえます。何という大きな務めであろうか。しかしまた、何という恵み、何という喜びであろうか。

 遣わされる弟子たちに、主イエスは心構えを語られました。「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない」。旅の用意を捨てなさいとおっしゃいます。不思議に思えますが、ここに伝道の秘訣があります。福音とは、神は生きておられ、いま私たちと共におられるということです。そうであるならば、福音を宣べ伝える私たちがまず神のご支配に信頼して、神にゆだねるのです。「何をどう言い訳しようか、何を言おうかなどと心配してはならない。言うべきことは、聖霊がそのときに教えてくださる」(ルカ12:11,12)。主イエスが力と権能を授けてくださるとは、聖霊において主イエスご自身が共にいてくださるということです。弟子たちの歩みは主イエスと共なる歩みです。ですから、心配することはありません。私たちに先だって、主が備えておられ、主が道を開いてくださいます。

 もちろん、私たちが実際に神と人に仕えて働くためには食べる物も着る物も必要です。「どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい」。これは、弟子たちを迎え入れて支えてくれる「家」、すなわち信仰の仲間が必ず与えられるという約束です。あなたを迎え入れて、食べ物を与え、必要な品物を提供してくださる信仰の友、信仰の仲間が与えられる。その交わりに支えられて、福音を宣べ伝えることができます。それゆえ、逆にそのように迎え入れてくださる家が与えられないなら、足からほこりを払い落として旅立つのでよいのです。

 こうして、弟子たちは小さなキリスト、キリストとの大使とされて福音を告げ知らせ、病気をいやしました。それは弟子たち自身の力ではありません。主イエスが共におられ、聖霊が弟子たちに働いて、このことを成し遂げさせてくださいました。7節以下に領主ヘロデのことが書き留められます。このヘロデは、主イエスの十字架に際して、主イエスをあざける人物として再び登場します。十字架において、神を拒み、神と敵対する罪の姿をあらわにするのです。けれども、弟子たちも果たして主なる神を信頼して、主イエスに従いぬくことができたのか。いいえ、そうではありませんでした。弟子たちも主イエスを裏切り、主イエスのもとから離れようとしたのです。そのことを思い起こすことが必要です。

 真実には、私たち自身、罪のゆえに主イエスを裏切り、主イエスを十字架につけるものにほかなりません。それにもかかわらず、十字架の死によって主イエスは私たちの罪を葬り去り、私たちの罪を赦して、かえって私たちをご自身の弟子としてくださいました。そうして、私たちを小さなキリスト、キリストの大使として、遣わしてくださるのです。何という驚くべき恵みでしょう。私たちがキリスト者とされ、キリストの大使とされて遣わされる根拠はキリストの十字架にある、その恵みに押し出されて、福音を宣べ伝えて神と人に仕えることに励んで参りましょう。

説教要約について

説教要約は、説教を要約したものです。 音声は、説教要約の音声化ではなく、実際に行った子ども向けの説教と賛美歌、 聖書朗読と説教の録音です。一ヶ月程度、音声データも公開させていただきます。

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