日曜朝の礼拝「人生の嵐においても」

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人生の嵐においても

日付
説教
望月信牧師
ある日のこと、イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われたので、船出した。渡って行くうちに、イエスは眠ってしまわれた。突風が湖に吹き降ろして来て、彼らは水をかぶり、危なくなった。弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、おぼれそうです」と言った。イエスが起き上がって、風と荒波とをお叱りになると、静まって凪になった。イエスは、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。弟子たちは恐れ驚いて、「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」と互いに言った。
ルカによる福音書 8章22節~25節

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 主イエスは、ガリラヤ湖西岸のカファルナウム付近から舟に乗り、悪霊に取りつかれている一人の男に会うために、向こう岸に向かわれました。その際、なぜ舟で渡ろうとされたのか。それは主イエスがお疲れだったからです。主イエスは多くの人たちに福音を告げ知らせ、また訪ねて来た一人ひとりの苦しみ悩みに耳を傾けておられました。そうして、おそらく休む暇もなかった。主イエスは神でありながら、けれども真実に人となられたのであり、私たちと同じようにお疲れになります。そのため、舟に乗りたいとおっしゃった。ガリラヤ湖では、夕暮れから夜にかけて、しばしば突風が吹きます。ペトロたち、もともと漁師だった弟子たちはそのことをよく知っていたでしょう。けれども、お疲れだった主イエスを助けようとして、舟を出したのではないか。そんなふうに思います。

 この箇所から、主イエスがどのようなお方であるのかを知ることができます。一つには、主イエスはまことの神であられます。主イエスは風と荒波をしずめることができるのであって、この世界の自然現象を支配しておられます。嵐をしずめたことに、主イエスのまことの神としての権威と御力が現されています。

 二つには、主イエスは、まことの神でありながら、真実にへりくだり、一人の人間となってくださいました。嵐をしずめた主イエスのくすしき御業は、主イエスが一人の人間として生きてくださったからこそ、弟子たちに経験することが許された御業です。

 三つには、主イエスは、ですから、人間の弱さをよくご存じです。私たちの肉体が疲れをおぼえること、また、人の苦しみ痛みを担うことは大きな力が必要なことである、そのことをご存じです。それは、主イエスは私たちの罪まで背負って十字架につけられてくださったのです。しかも、そのことを決して嫌がらず、御自分の使命として引き受けてくださいました。このときも、疲れのある中で立ち上がり、湖を渡っておられます。主イエスは舟が揺れるのに身を任せておられます。けれども、これは真実には、救い主として立ち上がっておられるお姿なのです。

 そして、四つ目、主イエスは御自分の持っておられる御力を、御自分のためにではなく、嵐の中で慌てふためいた弟子たちのために用いられました。主イエスは、御自分のためには弱さを味わう一人の人間のままであられます。神の子としての主イエスの御力は、すべて救いを求める者に対して現されます。このようなお方が、私たちに与えられている救い主であられます。何と幸いなことでしょう。御自分のことを顧みず、一人の人を追い求めて歩もうとする、愛にあふれるお姿がここに示されています。この愛によって、私たちも追い求められているのです。

 さて、主イエスは「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と問いかけて、自己吟味を私たちに求めておられます。主イエスは、嵐の中、御自分の身を舟に委ねて眠っておられました。それは、弟子たちを信頼していただけでなく、天の御父を信頼して、平安のうちに安らいでおられたのだと言えるでしょう。この主イエスのお姿こそ真実に信頼と平安に生きる、信仰のある姿です。信仰も信頼も吹き飛んでしまった弟子たちに対して、このとき、主イエスはあらためて御自身の御力をお示しくださいました。嵐をしずめるくすしき御業を通して、主イエスをまことの神、まことの救い主として信じること、信頼することへと立ち帰らせてくださったのです。

 主イエスは、この御業を通して、私たちに対してあらためて真実の信仰、真実の信頼を求めておられます。主イエス・キリストこそが私たちの真の平安の源です。私たちの信仰の船旅は、まことの救い主イエス・キリストによって導かれ、守られる歩みである。その信仰をいよいよ固くして、主イエス・キリストを見つめて歩んで参りましょう。

説教要約について

説教要約は、説教を要約したものです。 音声は、説教要約の音声化ではなく、実際に行った子ども向けの説教と賛美歌、 聖書朗読と説教の録音です。一ヶ月程度、音声データも公開させていただきます。

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